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2018/06/14

◆休診のお知らせ◆
 
院長出張の為、7月26日(木)院長の診療は休診、美根先生の診療はあります。
7月27日(金)7月28日(土)は代診の先生となります。
診療時間は9:30~13:30となっております。

2017/07/13
2017/03/25

◆お知らせ◆
平成29年5月第2週より

毎週 木曜日午前(10時~13時)
児童専門外来を開設いたします。
不登校、発達関連、引きこもり、不安障害、チック等の相談に応じます。

同日 午後14時半~18時
新患および再来(児童から大人)の診察、精神衛生相談(本人以外のご家族からのご相談)を行います。

当院は予約制ですので電話で予約してご来院ください。
☏092-751-0010

その他

2014年11月25日 火曜日

子どもは変わったか

子どもは変わったか(1)
    今回はこのテーマで述べてみます。皆さんは最近の子どもは変わったとお思いですか? このテーマは実は超古くて、メソポタミアの時代からあったとか。楔形文字に「近頃の若者は」と嘆く老人の言葉があるそうです。古代ギリシャにも同様の言葉が残っているとか。してみると、人は、ある年齢以上になると、いつの時代でも近頃の若いもんは・・・と嘆く傾向にあるようです。
    さて、21世紀の高度文明時代では子どもは若者は大いに変化したのでしょうか。答えは多岐に渡るでしょう。多くの答えはやはり変わったでしょうね。
    実はそれは当然のことです。歴史を述べると、中世までは「子ども」はいませんでした。寿命も短かったし、子どもは10歳を過ぎると大人で、戦力で、家の仕事を大いに手伝っていました。彼らもよく働きました。そもそも、親は子どもを大いに当てにしていました(参照:大草原の小さな家)。昔は器械に頼るわけにもいかず、人海戦術です。主に農業、牧畜で子どもは大活躍でした。彼らは、生産の一翼を担っていたのです。結婚は超早くて、14,5歳になれば、家の近く、あるいは隣村同士で婚姻関係を結び、ほどなく子どもを授かり、その子どもはすぐに戦力になりました。自給自足時代でしたので、移動もほとんどありませんでした。江戸時代には移動・職業の自由はありませんでした。
     さて、世界史的に子どもの誕生はいつでしょう? 当然、産業革命からです。生産構造が、農業・牧畜から産業社会になり(参照;A.トフラーの「第三の波」)、世界は多いに変わりました。子どもの世界もかわり、ついに「子ども」の誕生です。
    世界史的に見ると「子どもの誕生」は18世紀でしょうが、日本では少し遅れ、文明開化からが子どもの誕生です。明治より、産業革命の導入と義務教育の開始です。身分制度はうち捨てられ、仕事の内容は多いに変わり、田舎中心から都会暮らしに徐々に変わっていきます。産業構造も、肉体労働から徐々に頭脳労働に変わっていきました。その後、「子ども」時代は徐々に伸び、今や高校は当たり前、大学進学も40%超とか。子ども時代は今や18歳どころか22歳、下手すると24,5歳です。それにつれ、親の負担が過重になって来ました。子どもは戦力どころか、今や金食い虫です。子どもが消費者に転化したのです。文明論はさておき、最近の子どもは変わったのです。次回以降はそれらを掘り下げて述べていきます。
                                                          H26.11.24 文責 脇元 安
   子どもは変わったか(2)
 精神療法 2014年4月号で「子どもたちは変わったか」のテーマで各分野の専門家がそれぞれ興味深い論文を述べています。いくつか紹介します。山中先生はバウムテストの半世紀前と今の比較から大いに子どもは変わったと結論を出されています。欧州でも同様の研究がなされており、日本と同様の結論だったとのこと。特に、日本の子どもの変化が顕著でした。筆致に力がない、個性減弱、ワンパターン(紋切り型)が多い等でした。50年前はもっとのびのびしており、個性が結構あったとか。しかし、これは実は子どもだけの問題では実はないようです。大人も実は今やそうではないでしょうか。
実は、「大人たちはかわったか」でその点を深く藤井光恵先生が述べておられます。学校、家庭で、他の場所で子どもたちは環境の激変により、当然変わってきつつあります。そもそも、人間社会が今ドラスチックに(劇的に)変わりつつあるのです。その風潮の中で、大人も子どもも多いに変わらざるを得ません。生き延びていくには仕方のないことでしょう。バーチャル全盛時代にあり、古いものはどんどんうち捨てられていきます。
最近、皆短気になりました。切れやすい人ばかりです。待てないのです。せかせか人間が最も多いのが日本です。流行歌など寿命は3ヶ月単位でしょうか。若者礼賛のアメリカ型文明が今、世界的に優勢です。日本はその文明の優等生です。しかし、古い国の日本です。いま、秘やかに古い日本の逆襲がなされつつある、という意見もあります。
最近の子どもはエイリアン、という意見も一時流行し、しかし、今やそれを言う人はいません。行く川の流れは絶えずして・・・が思い出されます。
結論は?? 最近の子どもは当然変わった。その内容は後日に。
 そして、子ども時代は一見延びているようだが、その実、今は10歳ぐらいで将来を決めないと一生うだつが上がらない、そういう厳しい時代に日本の子どもは今ある、ということでしょう。小学校も自由化になりつつあり、中高一貫教育は私学中心に昔からありました。福澤諭吉先生が1870年頃言われたように、今の日本は、学歴が、身分社会に変わって人を縛るようになったということでしょうか。
                                                                           H26.11.24 文責 脇元 安 

子どもは変わったか(3)
  どこが変わったのでしょうか?
まず、権威を恐れなくなりました。責任を取らなくなりました。我が儘になりました。
人の目を意識しなくなりました。愚かになりました。言葉が汚くなりました。不器用になりました。生きる知恵が減りました。夜更かしが増えました。たくましさが減りました。外で遊ばなくなり、自分の部屋に閉じこもりテレビ・ゲーム・携帯三昧、勉強しなくなりました。社会性が減りました。切れやすくなりました。親孝行が減りました。
未熟になりました。賢さが減りました。かわいらしさが減り、生意気になりました。
刹那的になりました。キリギリスになり、蟻さんは減りました。人への優しさが減りました
褒めるところは?あまりありません。一言で言うと?
 自己中
 愚か
 わがまま
  個々に述べる:
 権威を恐れない:
これは、民主国家では至極当然の現象でしょう。警察をいまや恐れる人は少なくなりました。アメリカ並みに税金泥棒という人まで出てきました。学校の先生も尊敬されなくなりました。今や先生は友人感覚、言葉でもため言葉で接し、先生もそれを指摘しません。躾を放棄したからです。
                                                                                                                                           H26.12.10 文責 脇元 安

わがままは多くの要因が絡んでいますが、民主主義、自由社会では民衆がト ップですから、あらゆる権威は引きずり下ろされるわけで、結果、子どもは 恐れるものはなくなり、結果わがままになりました。昔の、地震、雷、火  事、、親父がなつかしい。親父のげんこつ、先生のそれ、鞭はなくなりま  した。韓国ではいまだに学校の先生は鞭を持って生徒を厳しく教育している
 そうです。徴兵制度がある国ですから当然?でしょうか。しかし、社会、特 に会社は今も厳しい。就職1年目に辞める若者は3割と聞いている。我慢がで きないようです。今後は、世界一?わがまま・未熟な日本の若者をどう大人 にしていくかが課題でしょう。
 
勉強しない
 これは先進国共通の悩みのようです。アメリカも大変です。
  ベースにはいくら頑張っても、というしらけムードがあります。偏差値教育の弊害があるでしょう。子どもにどう意欲を持たせるか、今後知恵を出していく必要があります。 
  個人的には、古典の復活がいいと思っています。
  ある田舎村で古典、特に論語を子どもに教えたら勉強への意欲が湧いて、
  東大にどんどん通るようになり、話題になっていると聞いたことがあります。ま、べつに東大に入る必要はないのですが。
  勉強の楽しさを彼らに教えていきたいですね。

体力低下
  これは、家庭内で仕事が減ったので当然の現象でしょう。
  今後は、家庭で学校でどう体を作っていくか計画的におこなう必要がありましょう。
 
                                                                                                                H26.12.18 文責 脇元 安 

希望が持てなくなった若者
日本には何でもある。ただし、希望を除いては。
と村上龍は小説 「日本からのエクソダス」で述べました。それへの反論を述べた女性識者二人がいましたが、どうでしょう。
 三浦綾子さんと台湾出身の某氏でした。
いずれにしろ、偏差値社会では、多くの若者は意欲を早くになくし、学校へ行くのは苦痛でしょう。
ところで、筆者の田舎では小学校時代から
おまえたちが後、10数年もすればこの何もない日本を引っ張っていくのだ、学問こそ全てという、いい教育を受けました。授業は  質問が多く、活気 がある雰囲気でした。日本人の多くはその精神を既に忘れたようですが、他 のアジア諸国、アフリカは未だに「ルックイースト」で日本人の後を追って います。今こそ、明治の精神を思い出し、若者に頑張ってもらわなければなりません。
学閥、地縁、血縁が幅を利かすようでは、中国のように非流動的、不活発な国になってしまいます。
いま、教育に全勢力を注ぐ時期でしょう。
東大卒が学校の先生にどんどんなってもいいと思います。
                                                                                                           H26.12.23 文責 脇元 安
 
 

上の筆者の意見に厳しすぎる、最近の若者のいい点はないのか、という意見がありました。今回は褒めてみましょう。
 ○ 喧嘩が少なくなりました
 ○ 器械に強くなりました。
 ○ 情報に強くなりました
 ○ 権威を恐れなくなりました
 ○ おしゃれが上手になりました
 ○ 無理をしなくなりました
 ○ 親を無理してまで、ずっと世話をしようと思わなくなりました
 ○ あきらめが上手になりました
    上を個別に見ていきましょう

 ○ 喧嘩が少なくなりました
切れる子が話題になっている現状で、こう言うと怪訝な顔をする人もいるかもしれませんが、子ども同士の喧嘩は本当に少なくなりました。
 この要因として、人間関係が表面的になり、結果、お互いの関係が薄くなり、かっかすることが減り、結果、喧嘩が少なくなったということです。高学歴は明らかに関係あるでしょう。結果、単純な子どもが減ったということで、いいことでしょう。感情より理屈優先となり、結果、友情は薄くなり、竹馬の友、走れメロス、の世界は遠くなったようです。昔のように、熱くならなくなった訳で、いいことでしょう。心理学をいうと、ホモセクシャリテーの心性が弱くなった、あるいはかっかしても、すぐに感情に訴えなくなったということでしょう。

○ 器械に強くなりました。
 最近の技術の進歩は超早く、子どもはすぐに馴染み、操り、学校では先生がむしろ習う始末。
お蔭で、年寄りが半ば馬鹿にされる時代になりました。日進月歩、若い方が勝っちゃいます。医学の世界でも若い者の勝ちです。

○ 情報に強くなりました
上と共通する現象で、若者は器械を自由自在に操り、結果、情報には強くなりました。一方、片側通行の情報に半ば以上振り回される、結果、自分の意見をしっかり持たないで、、附和雷同の傾向があります。

○ 権威を恐れなくなりました
これは、先進国共通の現象です。情報社会になると、あらゆる権威が引きずり下ろされます。政治家、医者、弁護士、教師、警察等従来聖職などといわれ、世間に威張っていた階級が権威を失いました。結果は?
若者が権威を恐れなくなりました。教師は大変です。教鞭を取る、とは
鞭をもって子どもを教育する、と言う意味だったのですが、今は教師は鞭を取り上げられ、教育委員会に言うぞ、の対象に成り下がりました。
 教室では、先生の授業など誰も聞いていません。学校で勉強しなくなりました。親も親で、教師を恐れなくなり、モンスター親すら誕生しています。お蔭で、塾大流行です。公立教育の破壊?を最も喜んでいるのは塾関係、私学関係かもしれません。

○ おしゃれが上手になりました
      昔は高校まで化粧禁止でした。資生堂が、高校3年の3学期に学校に来て、宣伝をちょこっとやる程度でした。今はどうでしょう。中学校から女子は化粧します。上手に。お蔭で、金が足りません。時には春を売る子まで出る始末。とにかく、お化粧は上手になりました。男子も眉を剃って、自分で書く時代です。筆者はとてもついていけません。茶髪、これもついていけません。筆者の高校時代は坊主でした。それがあるときから人権侵害になり、今や茶髪で堂々と高校に来ます。誰もそれを咎められません。カラスの勝手でしょうか。

○ 無理をしなくなりました
最近はあきらめが早いというか、醒めているというか、人生早早に自分に見切りをつけて、競争社会から降りる子が増えました。無理をしなくなったわけで、いいことでしょう。すべてに全力で行かなくなりました。頑張る子はださい、のでしょう。
 

○ 親を無理してまで、ずっと世話をしようと思わなくなりました
これはいいことなのか、です。親孝行は随分減りました。昔は母親の愛は絶対的存在でしたが、今やどうでしょう。戦後、母の愛を高らかに謳う詩人がいましたが、今や、です。母親の方も相当変わったのでしょう。浮気も珍しくなくなりました。自分の欲望を無理して抑える必要性が減っています。結果、母への愛情、尊敬は減ったのでしょうか。母親は老後は寂しく、ホーム行きというのが流行です。欧米化と言えなくもないでしょう。

○ あきらめが上手になりました
これは、先述しています。自分に見切りをつけるのが早くなったようです。無理しなくなりました。いいことなのでしょう。自分を追い込むことは減ったわけで、無理する人生は減り、いいことなのでしょう。夢を持ちにくくなったのでしょう。反面、刹那的になった訳で、生き甲斐は少し減ったのかもしれません。
       
                                                                                                                                            H26.12.25 文責 脇元 安